大沢一仁恩師との出会い

1969年ごろはちょうど学生運動が盛んでキャンバスも閉鎖になり先の見えない状況の時でした人恋しさに選んだカルチャーがギター教室でした1970年代はギターブームで沢山の教室が軒を並べていましたが、自宅に近いというだけの選択で先生の教室を選びました、音楽学生でもない私ですが先生は快く迎えてくれました、佐藤豊彦さんなどのそうそうたるお弟子さん達とも若隔てなく指導していただけたことを今でも感謝しています、ただ入門する時に無礼にも私がどのくらい習ったらギターが弾けるようになりますか?と尋ねたところ 鈴木君10年はかかるからね とシンプルお答えくださったことを覚えています、初めはちょっと大袈裟に答えたのかなと思いましたが結果的には10年どころか40年たってもろくな演奏ができないのがクラシックギターでした先生はよく30年以上やらないと食っていけない業界なんだよと口を漏らしていました、このエピソードは20歳足らずの私の人生の大きな転機になりました、それまでの私の人生の中でこれといったアカデミックな教育を体験したことがなかったからです、教室に通うようになってから来る日も来る日も慣れない楽譜と同じ曲の反復練習が続きましたそこで4カ月で止める生徒さんが多かったと後で知りました、教室ではあの禁じられた遊びなどのポップな曲は御法度でエチュードオンリーのカリキュラムでした、そのスキルが今になって生きてきて花開いたのだと思います、マドリード音楽院のカリキュラムはそんな長い歴史の中で作られてきたのだと思います、ずぶの素人でもちゃんと70歳になってもアルハンブラの思い出が弾けるカリキュラムだったのです。

先ほど人生の転機になったと書きましたが、その意味はアカデミックなスキルを得るには多くの時間と忍耐力そして強い意志が必要です、その意味で教室で得られたスキルは私にとってその後の仕事であるコンピュータプログラミングに影響を与えたことになりました、ギターの学習が大きくコンピュータスキルに影響を与えたことになります。

恩師 大沢一仁 先生

大沢ギター音楽研究所

クラシックギター
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